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HONESTY

偽りやごまかしが蔓延する

世の中で光る「正直」さ

1つ目のキーワードは、「正直・誠実」。「正直・誠実」の意味を持つ花は桔梗(キキョウ)。諸説あるが、古くは万葉集の中で山上憶良(やまのうえのおくら)が詠んで「秋の七草」に数えられた「朝貌の花(アサガオノハナ)」がこの桔梗のことだという説が有力らしい。われわれが小学生の頃、夏休みの宿題で「朝顔の観察絵日記」を書かされたのを思い出すが、その朝顔は桔梗とは異なる外来品種らしい。この桔梗は、近年その個体数が減少しており、絶滅危惧植物にも指定されており、また一日だけ咲いて、その日のうちに枯れてしまう「一日花」の一種でもある。「正直・誠実」という言葉を表すこの花の存在が儚(はかな)く、危ういというのは遺憾だが、一方で今の時代にそれが希有なものとなっていることも事実であり、なんとも皮肉な状況と言えなくもないだろう。

人間関係においても相手に対して正直であること、誠実であることは大切だ。人々は出会い、相手に感心をもてばその先に相手の本質に迫ろうとする。表面的な人となりではなく、その性格や思考を知ってこそ、より深い付き合いができるはず。出会いのタイミングで虚飾があってはならない。とはいえ、最初の出会いにおいては気合いが入り過ぎ、そのいでたち、あるいは発言においてもとかく盛り気味にしてしまうのはありがちなことだ。『人は見た目が9割』というベストセラー本もあるが、第一印象の影響は大きく、その重要性を否定することはできない。1971年に米国・カリフォルニア大学の心理学名誉教授であったアルバート・メラビアンが提唱した「メラビアンの法則」がこの考え方のベースとなっているといわれるが、確かにそこではその見た目と話し方でコミュニケーションの成否は9割決まるとされている。話している内容がいかに思慮深いものだったとしても、その比重は1割にも満たないという残念な結果があるのは事実だ。しかしこれは、ある特定の目的を持ったコミュニケーションにおける所作と考えた方がいいのかもしれない。常に全ての会話にプレゼンテーションさながらの熱量で臨まれても、受け手は疲弊する。自分に正直・誠実であるということは、飾らず、本来の自分を見てもらうことであり、それでこそお互いに気を遣わない、しかし信頼感ある付き合いができるというものだろう。

ここで昨今のニュースで見かける「自撮り写真の盛り過ぎ」問題を考えてみよう。レタッチや加工を駆使して、撮影された写真を見栄え良く見せることは広告・コミュニケーション業界では昔から当たり前の作業プロセスであるが、インターネット・テクノロジーが発達したことによって一般の人までもが同様に、さらには際限なく加工でき、ひいては元の面影をほとんど残さない形で世の中に発信してしまっているのはいかがなものだろう。その時々の遊びであれば良いし、素顔の写真は恥ずかしいとありのままの提示を避けたいという意見も確かにある。しかし加工写真ばかりを撮影・保存していた若者が、「ふと気付くと、学生時代の友だちの自然な写真が存在せず、もはやどんな顔だったかさえ思い出せない」という。そんななんとも悲しいコメントを耳にしたときには、少しおかしな状況になっているのかなとの疑問もよぎった。人により良く見られたいという欲求は極めて自然と思いつつ、それが行き過ぎた状況は、実は逆に自身のプライドを自ら傷つけることとなる。それはありのままの自分を受け入れられない状況に自身を追いやってしまうからであり、挙げ句の果てに素の自分に戻るタイミングを失ってしまうことも多いようだ。「少しだけ盛った自分」に「いいね!」が集まれば、それ以上を演じたくなるのは必定。それが度重なることで、幾重にも虚飾されたイメージが定着していき、そのうち現実で自身がその姿を演じ切れなくなると、逆に己の真の存在を否定することになる。例えれば、自身のレプリカが予想以上に優秀で、自身に置き換わってしまうような、よくあるSFストーリーのような状態だ。ひいては自身の存在意義を失い、自殺などに追い込まれてしまうという分析もある。そしてその状況は、私たちが今当たり前に手にしているスマホ、あるいは自撮り加工アプリへの依存性によって多く引き起こされているのだ。

実際、アメリカ合衆国保健福祉省がソーシャルメディアには若者のメンタルヘルスに悪影響を及ぼす「重大なリスク」があると警鐘を鳴らし、研究と規制の検討を呼び掛けている。ソーシャルメディアを1日平均3時間以上使う10〜19歳の若者はリスクの高い行為を取る傾向にあるほか、うつ病をはじめとした心の病にもかかりやすいと発表した。同省は「アイデンティティーや価値観が形成される思春期初期は、脳の発達が社会的圧力や仲間の意見、仲間との比較に特に影響を受けやすい」として、ソーシャルメディアの頻繁な利用が若者の感情や衝動に影響する可能性があると指摘、若者向けのソーシャルメディアコンテンツに規制をかける必要性を訴えている。

米国では13〜17歳の未成年のうち、95%がソーシャルメディアを利用する。多くのソーシャルメディア運営会社は利用者の最低年齢を13歳としているが、実際は8〜12歳の子供のうち約4割がソーシャルメディアを使っており若年層でのメンタルヘルスは深刻な問題となっているのだ。コロナで一躍日本でも有名になった米疾病対策センター(CDC)の調査によると、ソーシャルメディアを多用する米女子高生のうちその3割が「真剣に自殺を検討した」という回答もある。またソーシャルメディアの多用はボディーイメージ(身体像)や自尊心の悪化につながるという研究結果もある。日々の生活を楽しくするためのテクノロジーとして定着してきたこれらの製品・サービスが、社会問題として拡大するメンタルヘルス不調の引き金になっていようとはなかなか気付けないものだ。

カンヌライオンズにおいても、この章のテーマでもある「正直・誠実」を掲げながら、長年これらの問題に取り組むブランドがある。ユニリーバ社のスキンケアブランド「Dove」だ。まずはDoveが2006年カンヌライオンズのサイバー部門でグランプリを獲得したキャンペーン「Evolution」を見てみよう。

Evolution

これはどこにでもいそうな一人の女性が、化粧や照明、ヘアメイク、さらには撮影画像のPC上でのレタッチやフォトショップ加工により驚くほど美しい広告モデルへと変身していく様子を、1分14秒のタイムラプスフィルム(早回し映像)に収めたものである。DOVEはこの映像を通じて、そのような「創られた美」の基準に疑問を呈している。最後のメッセージでは“美に対する認識がゆがむのは当然”というコメントが表示され、そのような容姿を目指すことが果たして正しいのかを視聴者に強く訴える。まさにそれは押し付けられた価値観であり、それを理想として生きることに意味があるのか、今の自分自身により自信を持って生きていくべきではないかと問うている。同時にこういう間違った理想を提示し、ユーザーに強迫観念を持たせ、商売に結びつけている企業等を糾弾するスタンスも表明している。

このキャンペーンはまだソーシャルメディアの黎明期、少しずつインターネットが広告・コミュニケーション業界で重要視され始めてきた2006年のキャンペーンだが、YouTubeで1000万回以上再生され、キャンペーンサイトへのトラフィックは80倍以上増加するなどの成果を収めた。この「Evolution」から、Doveは常にその時代に生きるリアルな女性をキャスティングし、周囲にはびこる加工された姿とのビフォー/アフター比較で見せる手法を続けている。以降、各国で展開されるキャンペーンで頻繁に採用されるギミックになっており、ある種のイズムを感じられるのだ。しかし、それは使い回しのアイデアという印象ではなく、環境の変化に合わせ同じスキームを重ねていくことで、軸となるメッセージが積み重なり、逆にその効果を増しているように感じる。あるポリシーに従いつつ、その表現手法も工夫しながら飽きさせずにシリーズ化し、その印象をしっかり強化していく営みは見事であり、一方でそれをやりきるのだという本気感と覚悟が伝わってくる。

ちなみに「Evolution」は、2004年のカンヌライオンズで大きく話題をさらったバーガーキングの「SUBSERVIENT CHIKEN (従順なニワトリ)」に代表される、インターネット上でリアリティーを追求する時流をうまく取り込んでの成功でもある。「SUBSERVIENT CHIKEN」はバーガーキングが新製品のチキンサンドイッチを宣伝するために立ち上げたパロディサイトだが、そのネタ元は数年前にポルノ業者が始めた双方向の覗き見ショーサイトだ。ウェブを介して、カメラの前にいるモデルに様々なポーズをリクエストできる。バーガーキングのサイトではモデルではなく、女性用下着を身につけたニワトリの着ぐるみをきた男性が登場し、視聴者のリクエストにさまざま応えていくのだ。このギミックはゲーム感覚とウィット感でたちまちネットでヒットし、サイトオープン初日に100万件のアクセス数を記録した。こういった時代の感覚値をうまく採り入れながら、同様の表現でも最新のものに感じさせるセンスがDoveのキャンペーンにはあり、次のキャンペーンにも期待を抱かせるのにも長けている。

目指す世界にたどり着くために、2023年の現在まで長期にわたり継続する強い意志、そしてアイデア創出へのエネルギーを積み重ていく、そんなDoveの取り組みには脱帽するしかない。実際にリアリティーを追求したこの一連のコミュニケーションが成功裡に終わっていることを見ると、過度に虚飾された情報が蔓延するインターネット環境の中で「自分に誠実・正直であること」がいかに伝わる力を持ち、また人を動かす起点となり得るのかが理解できよう。これからの新たなユーザーとの出会いを目指す際に、テクノロジー等への過剰に依存することなく、人を欺くことなく真摯に向き合うというスタンスは非常に大切になっていくだろう。

そしてDoveは、この活動を推進するため、カナダでは「Dove Self-Esteem Workshop」を提供し、その活動資金として「Dove Self-Esteem Fund」も立ち上げている。まさに失ってしまった自尊心を取り戻すことは困難であり、そこに向き合い、対話を重ねることで各人が自分の素の存在に自信をもってもらうことを目指したリアルな場をも展開しているのだ。またこの思いを企業全体としてしっかり推進していくために、Doveブランドを扱うユニリーバ・カナダの45万人の従業員にも電子メールによりこの動画は共有されている。今回、これら事例を私たちがまとめるに際し、国内の100を超えるさまざまなNPOの方々に調査協力してもらったが、6割を超えるNPOで「中長期的なコミュニケーションの活動計画が立てられていない」と回答があったが、これは一般の企業でも同じことがいえるだろう。

さらに近年のDoveのキャンペーンをいくつか見てみよう。まずは2022年の「Reverse Selfie」である。

Reverse Selfie

Doveの調査によると、女性たちの多くはデジタルメディアからの特定の情報でその自尊心を失うという。先述したとおり、他者の過度に盛られた容姿と自身を比較し、自信をなくした末にへこんでしまうわけだ。その結果、彼女たちの80%が13歳までにいわゆるレタッチアプリ(画像を加工し、目を大きくしたり鼻を高くしたり、あるいはスタイルを細身にしたりする)を使うようになっている。そしてその行為が当たり前の習慣となり、その行為から抜け出せなくなるのだ。すなわち「ありのままの自分」をさらけ出せない、切羽詰まった状況に陥るということ。すでに積み重ねてきた行動により、引き返せない状態にまで煮詰まってしまっているわけだ。Doveはこれを問題視し、このような行為を繰り返し、自信喪失のスパイラルにはまっていく女性たちに「自身に正直であること」を推奨する「Self-Esteem Project」を立ち上げており、そのリーダーカンパニーとして2030年までに世界中で2億5000万人の若者に自分の容姿に自信を持ち、ポジティブに活動する意識を持ってもらえることを目指している。

昨今の若者層はスマホ、ソーシャルメディアのアプリ等でバーチャルな場所でのコミュニケーションに終始しがちだ。そして属するオンラインコミュニティーで、時のトレンドに身を任せ誰にも相談せずに深みにはまっていく。別段、そのバーチャルなコミュニティーであってもポジティブなやりとりがされているなら問題ないのだが、そこにはレタッチアプリの提供企業などから「押しつけの美」が提示されている。それは脅迫的圧力と言ってもいいくらいのものだ。さらに、世の中には「このような見た目を美として捉える」という勝手な決めつけがあふれている。誰が決めたか知らないが、望まれる最終形態があまりに具体的にそこに示されている以上、少女たちは一直線にその容姿を目指してレタッチを繰り返していく。そしてそれは決してフィジカルなものではなく、あくまでデジタル上の操作でしかない。そして、加工した自分の容姿はそのままアバターのようにバーチャル世界で拡散していく。自分でありながら、自分と懸け離れた容姿で、その存在は勝手にその活動領域を広げていき、あるときそのコントロールが利かなくなってしまう。まるで自分の存在を乗っ取られてしまったように。ただこの現象は自分自身で問題を理解し、正しい方向を見つけねば抜け出せない症状でもあり、その処方箋を見つけるのは難しい状況だった。

そこで「Self-Esteem Project」が仕掛けたのは、各人の行動を振り返る機会を提供すること。勉強でも仕事でも、なにが良くてなにが悪かったのか、を知るには自分の行動を振り返り、反省することが一番効果がある。実際にそれらの悪循環に巻き込まれている9~13歳の一般女性を起用し、日頃何げなく行っているレタッチアプリによる容姿加工のプロセスをリアルに映像で記録しつつ、その加工後の姿が本当の自分を表すものなのかどうかを自身で考えてもらうきっかけとした。レタッチプロセスはゲームのように面白おかしく、時間を忘れるくらいに進んでしまうわけだが、その「ビフォー/アフター」を並べて見たときどう思うのか。果たして、それが本当の自分自身だと言い張ることができるのかを、自分に問うてもらったわけだ。

このプロジェクトは世界20カ国で展開され、60億回のインプレッションを世界で達成。ティーンのセルフィー文化の浸透によって起こっている、行き過ぎたフィルターアプリでの加工について、それが自分に有用なのかどうかを考えさせ、「リアルな自分の容姿への自己肯定感(self-esteem)」を向上させることに成功している。キャンペーンを仕掛けたDoveブランドへの親和性を感じた人は44%から65%へ、また「女性が自分の外見をポジティブに感じられるようになった」人が50%から58%へと伸長、Doveの製品販売額は11.9%増加するなど、マーケティング的な成果にもつながっている。

これはまさに昨今の「ブランド・エンゲージメントがその売り上げにも寄与する」ことの顕著な表れとも言えよう。生活者は何かを一方的に提供してくれる存在よりも、何かの課題を共有し、その解決に並走してくれる存在を今求めているのだ。そしてその取り組みにはもう一つ先があり、これらの取り組みを親子、学校教育で行えるよう「Selfie Talk」というこれらの問題を明らかにし話し合うためのキットがDoveから同時期に親向け、教師向けにそれぞれのバージョンが配布されている。このツールキットは米国では4万件以上ダウンロードされ、約18万人の生活者にプラスの影響を与えたと算出されており、また学校における教育ツールとしても採用するところが出てきている。

正直であることは、いわばありのままをさらけ出すということにもつながる。それは意図的に飾らない自身を見せるということもあろうし、意図無く、しかし見たままが、たとえ疲れ切った姿をしていようが、一番その人の美しさを表しているということもある。続いては2020年3月、Doveが仕掛けた、コロナ禍における「ありのままを讃(たた)える」活動について触れてみたい。それが「Courage is Beautiful」キャンペーンだ。

Courage is Beautiful

この時期、世界中の医療従事者は、未知なるウイルスに対し、他の人々を救うために不眠不休で働き続けた。まだ完全に解明されていない病気に感染する危険にさらされつつもだ。Doveは彼らをサポートするため、当時とても必要とされたせっけんや手指消毒剤を寄付していたが、そこで目にしたのは二重、三重のシフトをこなしながら、限界まで働いていた医療従事者たちの姿。それは現代のヒーローとも言うべき勇姿と映り、その勇気ある行動は、まさに「美」を体現するものだった。実際のところ、そんな極端な現場で働く医療従事者たちは、疲弊し、汚れ、時にうつろにも見えた。しかし、そんな見た目にもかかわらず、危険を顧みず、他の人々を救おうとするその気概と行動こそが美しく見えたわけだ。美しさは決して造形美に限ったものではなく、その意志、あるいは行動を通じて伝わるものでもあるということだろう。そのありのままの姿を社会に提示し、人々の目に触れさせることで医療従事者への感謝と共感を生み出し、それを通じて彼らの勇気をさらに奮い立たせるよきスパイラルを生み出している。隠しているわけではないが、放っておけば公にならないであろう、しかし広く共有すべき真実にスポットを当て、ありのまま正直・誠実に伝えていく。そのための媒介としての役割をDoveは自ら担っていく覚悟を決めたのだ。

覚悟の強さと併せて、もう一方で目を見張るのがその実施に至るまでのスピード感である。そもそものアイデアが提案された4日後にはカナダでこのキャンペーンが始まり、すぐに世界15カ国で展開している。たった4日間でキャンペーンに使用する画像の調達、素材等を制作。それを展開するメディアの購入、さらには実際に病院へ物資を届けるための救援活動を組織化し、各国の病院が必要とする物資が提供されている。そして各地の医療従事者の顔写真を使ったコミュニケーションが展開されると、彼らの存在を伝える動画はあっという間に20億回以上の再生回数を記録した。コロナ禍では通常の制作ステップを踏むことさえ困難なはずだが、このキャンペーンでは医療従事者自身が直接ソーシャルメディアにアップロードした「自撮り」写真をその素材制作に活用するなど、新たな取り組みもなされた。ハッシュタグで検索して画像を見つけ、DMで直接医療従事者にコンタクトを取るといったスピードにこだわるやり方が採られており、これも新たなやり方に躊躇しない制作側の勇気とも言える。

このキャンペーンは、テレビ、オンラインビデオ、印刷物、アウトドア、PRなどを通じて世界的に展開されたが、アメリカ、ロシア、スペイン、南アフリカでは病院と協力し、医療従事者のシフトパターンに関するデータを収集。最も混雑している病院に隣接する屋外デジタルメディアで、医療従事者のシフト開始/終了時に合わせて掲出された。最前線で働く医療従事者に直接的にエールを送り、励ますことを同時並行で行ったのだ。

このメッセージを通じて、DoveはFacebookで349%、X(旧Twitter)で1599%のエンゲージメント、ソーシャルメディア上で99%の好感度と、かつてないほどの高いエンゲージメントを獲得。主要市場でのブランド力も向上し、米国でブランド力が10ポイント上昇、英国では5pp上昇、また認知度も7%(米国)、5%(英国)増加するなど、ビジネスにも貢献する成果を得ることになり、メインターゲットである女性たちも「ありのままの見た目」について、よりポジティブに感じるようになったことが示されている。

また、近年のDoveはプリントメディアの使い方が非常に秀逸である。「Reverse Selfie」では、非現実的な美の基準を設定するデジタル上の編集アプリがもたらすダメージを強調するために。「Courage is Beautiful」では医療従事者の勇気や行動を強調するために。Doveがキャンペーンに印刷物を選んだのはブランドの姿勢上、当然のことなのかもしれない。今後はこうしたブランドの意思を反映するメディアの選択も重要な要素の一つになるだろう。

最後に2023年のカンヌライオンズからは、以下の2つのキャンペーンを紹介したい。同じようなスキームで展開されているが、ニュースの作り方が少し過激になってきているので、今後Doveがどうなるかも注視しながら見てみよう。

ソーシャル&インフルエンサーでシルバーを受賞した「#KeepTheGrey」、そしてメディアライオンでグランプリ他を受賞した「#TurnYourBack」である。

#KeepTheGrey

「#KeepTheGrey」は、カナダの有名なニュースキャスター、リサ・ラフラム氏(58)が11年間続けてきた番組からの降板が発表されたことに端を発したキャンペーンである。ラフラム氏は自身のX(旧Twitter)で、「降板は自分が望んだものではない。不意打ちで解雇通告を受けた」と発表。解雇になった可能性の1つがラフラム氏の髪だったという。

彼女はこれまで髪を金髪に染めていたが、コロナ禍を契機に髪を染めることをやめ、白髪のままとした。白髪でキャスターを務めていたところ、「彼女が白髪になるのを許可したのは誰だ」と、所属テレビ局の副社長が発言。それが、解雇の要因となったとされている。このニュースには、カナダのみならず世界中から大きな非難が巻き起こった。テレビ局側は白髪が理由であることを否定しているが、批判の声は止まらない。これまでステレオタイプな女性の美の基準と闘うことに尽力してきたDoveは、彼らが持っているソーシャルチャネルを活用して#KeepTheGreyキャンペーンを、このニュースからわずか48時間以内で開始したのだ。

その目的は、職場における白髪に対するダブルスタンダードの存在についての認識を高めること。男性であれば経験や知恵を示す白髪の恩恵を受けるかもしれないが、女性は自分を解放しているとか、プロフェッショナルではないというレッテルを貼られてしまうようだ。Doveはコアユーザーである女性たちの価値を証明し、女性が白髪を選ぶことで直面する年齢差別や性差別を止めるという重要なメッセージを発信する必要を感じたのだ。キャンペーンのスタートにあたり、Doveはゴールドの自社ロゴを初めてグレーに変え、自分たちのプロフィール写真をグレースケールにするようユーザーにも呼びかけた。これに共感した15人のキーインフルエンサーたちも、ソーシャルメディアでこのムーブメントを広める手助けをした。このインフルエンサーたちの活動によって議論は活性化、世の中の合意形成に至ることとなったのだ。

このキャンペーンには各所から賛同する声が自然と集まった。例えばファストフード大手のウェンディーズカナダ法人が金髪のマスコットのプロフィール画像を白髪に変更し、公式X(旧Twitter)に投稿。この投稿には「#LisaLaflamme(リサ・ラフラム)」のハッシュタグが添えられており、「髪の色に関係なくあなたはスターです」というメッセージとともに発信され、ソーシャル上で多くの共感を獲得した。またDoveもこれに対して「美しいですね、ウェンディー」と「#KeepTheGrey」のハッシュタグを添えて返信するなど、企業間の連帯も形成され、大きなうねりとなっていった。

しかし、Doveの本気感が見えるのはこうしたソーシャルメディア上の盛り上がりや声を束ねていく活動のみではない。女性が働きやすい、インクルーシブな職場を推進する非営利団体の活動促進のため、10万ドルを寄付することを表明し、実行している。言うは易しだが、自社自体が実際のアクションにまで踏み込むことで全員の納得感をさらに高めたのだ。Doveの迅速なアクションは、一人の女性キャスターの解雇というニュースを、女性に対する年齢差別や性差別と闘う社会運動に変えてしまったわけだ。

キャンペーンは10億インプレッション以上を獲得、全世界で675以上の記事が書かれ、、X(旧Twitter)のトレンドハッシュタグトップ5を記録するなどDoveカナダ史上で最も話題となった。またペイドメディアの結果に関しても史上最も費用対効果の高いCPMを達成し、ユーザーからは1万8000を超えるUGCが寄せられている。

さらに先ほどのウェンディーズだけでなく、「Sport Illustrated Swimsuit」(米「スポーツ・イラストレイテッド」誌が年に1回発行する水着特集号)などのメディアも、この運動に参加するなど賛同者は増えた。90%のユーザーが「#KeepTheGrey」が重要な問題への注目を集めたと感じた他、89%のユーザーがDoveに良い印象を持ったそうだ。売上は今回のスコープ外でもあったが、キャンペーン期間中の毛髪の関連商品の総売上高は前月比で約5%も増加するなど好影響が出ている。さらにDoveカナダは2023年に白髪用製品ラインを発売することになるなど、新たな展開を作ることにも成功している。

続いては、「#TurnYourBack」である。前述事例と同様、こちらもニュースを起点に取り組みが開始されたものだ。

冒頭でソーシャルメディアが若者にもたらすメンタルヘルスの問題に触れたが、これは世界各国で顕著になってきており、様々な動きが出ている。アメリカ西部モンタナ州では2023年に入って、中国発の動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」の事業を全面的に禁止する法律が成立した。同法は「TikTokは危険な行為を助長するコンテンツを未成年に提供した」と主張している。TikTokはアメリカの選挙時にも問題になっていたし、さまざまな要因が絡んでのことでもあろうが、TikTokが2023年にリリースした加工フィルター「ボールドグラマー」が世界中で賛否を巻き起こしているのは大きな原因の1つと言えよう。

そのシステムについては正式に発表されていないが、おそらくAIに大量の「美しい顔」(誰のどういう基準かはさておき)を学習させているのだろう。それをベースに「ボールドグラマー」は肌や顔のライン、目鼻唇などをリアルタイムで美しく盛ってくれるのだ。またAIのおかげか、顔の前に手などがあってもフィルターは作用し、これまで以上にその盛り具合があらゆるシーンで自由自在な上に、加工がバレにくいのである。「ボールドグラマー」はリリースと同時に世界中で大きな話題を集めたが、使用するユーザーだけでなく、その盛った加工がほどこされたコンテンツを見たユーザー双方のメンタルヘルスに影響を与えると言われ、欧米中心に大きなバッシングを受けている。Doveはこの「創られた美」に対してNoをつけつけるキャンペーンを、「ボールドグラマー」リリースのわずか3日後から開始している。

#TurnYourBack

このキャンペーンは、彼らの主要市場(米国、英国、カナダ、フランス、イタリア、スペイン、ブラジル、南アフリカ)でローンチされた。仕組みはいたってシンプル。TikTokがリリースした「ボールドグラマー」に対して、「後ろ向きになって顔を見せない/背を向ける行動」を呼びかけたのである。

またボールドグラマーの実際のユーザーである若い女性のみならず、彼女たちが信頼する母親たちの意識も高めることに注力した。影響力あるインフルエンサーとも協力し、「ボールドグラマー」がもたらす歪みを否定すること、若い女性たちの間でフィルターを使用する習慣が広まっていること、またメンタルヘルスへの影響に関するデータを活用し、母親たちに問題提起することで効果的なリーチを果たしている。

若いユーザー層に向けたアプローチとしては、「ボールドグラマー」がローンチされてから72時間以内に、DoveはTikTokに「#TurnYourBack to digital distortion」を投稿。68人のインフルエンサー・パートナーを起用し、ここで多くのインフルエンサーからの発話を促した。俳優のガブリエル・ユニオンが投稿した動画では、彼女が「ボールドグラマー」を使い、それをどのように感じたかを語り、そして背を向ける様子が映し出された。さらに68人のインフルエンサーは、Doveが導き出した女性たちにおける加工フィルターの利用状況とそれがメンタルヘルスに及ぼす影響のデータを、自身が居住する地域にフォーカスした状態で使えるようになっており、それぞれの国で起こっている問題として自分ゴト化を促進できる仕組みとなっていた。その後、インフルエンサーのみならず、多くのユーザーがここに参加していくこととなる。

母親層へのアプローチに関してはさきほどの主要市場において、母親たちをターゲットにしたOOHや新聞などのトラディショナルメディアでキャンペーンを展開。さらに、先ほどのガブリエル・ユニオン氏は、アカデミー賞受賞会場でメディアのカメラの前で後ろ向きになり、キャンペーンへの賛同を示すなど、大きな議論をつくることに成功したのだ。

昨今のDoveのこれらのキャンペーンを見ていると、パーパスもさることながらより積極的な発信・主張という意味でアクティビズムへの比重が高くなっている流れも感じ取れる。それを良い変化として受け取るか、はたまた悪い変化と感じるかはそれぞれの出自に依るところもあるだろう。日本人好みのトーンとしては、2022年に実施した「Toxic Influence」くらいのトーンが他者を傷つけない・仮想敵をつくらないということで参考にしやすいかもしれない。

Toxic Influence

「Toxic Influence」はオンライン上の美容系インフルエンサーからの有害なアドバイスに10代の女性たちが感化・誘導され、同じく自尊心の危機を招いてしまうことに対する取り組み。ベースとなるDoveの思いや目的は、常に同じだ。調査によると92%の少女が自分のいまの見た目を変えたいと考えており、そのうち2人に1人がこういった美容系のアドバイスをするインフルエンサーをフォローしているという。アドバイスをくれるとはいえ、その「まやかしの美」に近づけるための製品やサービスを売りつけることが本来の目的で、そもそも視聴者の現状否定から入るのが定番だ。「いまのままでいいのですか?もっとこうしたら美しくなれますよ!」と、ターゲットとなる人たちに恐怖訴求を交えて問いかけてくる。

実はこういった有害な情報に日常的にさらされていることを、これら少女たちの両親は知らないことが多い。親自身もソーシャルメディアの情報を活用・重宝しているし、娘もきっと有益な情報をそこから得ているだろうと勝手に思い込んでいるのだ。そのため親からの注意もなく、少女たちも自分がどんな危険にさらされているのかを分からないでいる。当然、親にも相談はしない。たとえばこれがリアルな場であれば、街中で娘が怪しげなキャッチに捕まり、なにか言い寄られていれば、親は即座に助け船を出すだろう。しかし、それはまったく見えないオンラインの世界で長い期間、継続して展開されていると思うと恐ろしいことだ。

そこでこの状態を白日の下にさらすべく、このような状況を象徴的に提示・理解してもらうため、Doveはある動画を制作した。それは少女たちが毎日聞いている有害なインフルエンサーの言葉をそっくりそのまま、少女たちが世界で最も信頼している人、つまり当の母親の口からディープフェイク技術を用いて語らせるというもの。ネット上で娘が聞いている言葉を、もし自分が語っている姿を見たとしたらその母親はどう感じるのか。問題ない発言であればいいが、それがいかにもネガティブで、娘の自信をなくさせるような物言いだったら…。そして、その映像を見た母親たちは「私はこんなことを言わない。こんなひどいアドバイスをしない」とすぐさま否定したり、あるいはショックで動けなくなったり…。その反応までも捉えた映像は実にショッキングだ。

この仕掛けの背景となるのが、ユーザー調査の結果だ。実は親と娘が使用しているオンラインコンテンツの間にはかなりの距離、あるいは断絶といってもいい状況にあることがわかる。親世代はそれらのソーシャルメディア上の情報を自分なりに解釈、取捨選択しうまく使えていても、子供たちにはその情報の真偽を測る経験が不足しているのは間違いない。そしてさらには40%の母親がその娘がフォローしているインフルエンサーの名前を挙げることができない、すなわち自分の娘が誰をフォローしているのかさえ知らないということが判明した。これはリアルで言えばやはり子供たちの交友関係を一切知らないということであり、親としては不安を覚える状態であろう。この数字を突きつけられれば、すべての親は共通して「自分の娘に有害な情報を聞かせるわけにはいかない」という意識を持つはずなのだが、ソーシャルメディア上ではそんな繋がりが日常茶飯事となっており、なにかのきっかけがなければ気付けないことでもあるのだ。

この動画が公開されることで、日常的にソーシャルメディアで有害なトレンドやインフルエンサーの誘導的な語りがあふれていること、またそれに対して無防備に子供たちが向き合い、その情報に影響されていることが親たちに知らしめられた。しかし、それは親だけの問題でもないわけで、彼らが現状を恥じたり、子供に十分なことをしていないと非難されたりすることがないように、Doveはその後の親子の会話を促進するべく、ソーシャルメディアの危険性や自負心を持つことの重要性などを説くツールを提供し、サポートしている。

その後の調査では70%の少女が「ソーシャルメディア上の美容インフルエンサーのフォローを解除した後、とても気分が良くなった」という結果も出ており、併せて親が娘のフィードをデトックスする手助けをするように呼びかけている。このキャンペーンは、2022年4月に米国、カナダ、英国、ブラジルで開始され、その後、ラテンアメリカ、EU、南アフリカの他の14のエリアで展開されたが、米国だけでも16億回のインプレッションを獲得し、99%のキャンペーン好感度を得ている。

これらDoveの「Self-Esteem」をテーマにした一連の活動は、規模の大小や取り組み期間の長短、ターゲットの違いはあるものの、目指すべき世界を追求するその思いの強さが通底している。成功の一番の秘訣は、成功するまでやり続けることなのだという原点を示されたような気もするが、それがゆえにここまで注目され、共感され、支援される活動となっているのだろう。

各種ソーシャルメディアの使用が当たり前となったいま、その中で自己承認欲求が高まり、投稿するためだけに人の関心を買うような行動が随所で見られるようになって久しい。本来はあるがままの自分を見てもらうという自己承認欲求だったはずが、虚構の世界での自分を自ら創り上げ、演出し、その存在をあたかも自分の化身のようにマネジメントするといった憂慮すべき状態となっている。その結果、自分自身が創り上げた虚像と現在の自分とのギャップに勝手に打ちのめされ、自信を失ってしまうという事象に陥る人々が急増している。そもそもではあるが、虚飾で彩られた自分のまま、他の人々とコミュニケーションを取ることに果たしてメリットはあるのだろうか。それは外見であれ、知識であれ、いずれ真実が明かされていく残酷な行程を踏むことになるだろう。またそれが怖くてリアルなコミュニケーションに歩を進められない人々は多く、再びバーチャルな世界に引きこもってしまうという悪循環が見えてきそうだ。

実際、これにあらがうように写真共有ソーシャルメディア(交流サイト)「BeReal(ビーリアル)」が米国の若者、Z世代を中心に世界中でダウンロード数を伸ばしている。これは米Metaの「インスタグラム」のように見栄えよくするフィルター機能がなく、ランダムなタイミングで撮った日常の「映えない」がしかしリアルな自分をさらけ出し、親しい仲間内に共有するというソーシャルメディアだ。2022年時点ですでに2000万のデイリーアクティブユーザーがいるという。日本で話題になり始めたのは2022年の夏辺りだが各種のトレンドランキングにも挙げられ、1年後の2023年6月には国内の大学生の3割がこれを使用していると回答しているなど利用者の増加も著しい。このサービスの成否もまだまだ先に語られることとなろうが、私たちも含めて、まずは自分を正直に開くこと、それがさまざまな出会いや新たな可能性に触れるきっかけになるかもしれないことを知るべきだろう。それがこれからの時代を生き抜くための一つの突破口なのかもしれない。

TRUTH
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A large-scale survey was conducted to assess the landscape of contemporary communication.

The central question posed is, “How can we create opportunities for new meetings?”

LIONS GOOD NEWS 2024 is designed as a hub to enable these fresh meetings.