ESTEEM
ユーザーの一人一人と
真摯に向き合う。
サルビアは世界に広く分布するシソ科の植物で、その花言葉は「尊重」。園芸種のサルビアはブラジル南部の原産で1822年に発表され、同年にはイギリスに伝わった。諸説あるが、その新種は900種にも及ぶとされている。料理や薬用に使われるハーブ、セージも実はサルビアの仲間である。セージには抗酸化作用があり、古来より薬草として用いられてきた歴史を持つ。ヨーロッパでは家族の健康を支える役割を持つと信じられており、ことわざや言い伝えにも数多く登場する植物だ。花名サルビア(salvia)は、ラテン語の「サルバス(salvus=健康・良い状態)」が語源とされており、これは古代ローマ時代から、サルビアが薬草として用いられたことに由来している。サルビアは国を渡ってその名前を変化させていき、ラテン語「サルバス(salvus)」がフランスにわたると「ソージュ(sauge)」になり、イギリスでは「セージ(sage)」となった。このとき英語の「セージ(sage=賢人)」が語源となり、花言葉の「尊重(尊敬)」や「知恵」につながったといわれている。
マーケティングにおいても個々の顧客を「尊重」することは大切だ。古くから、顧客との関係を良好に維持・継続するためのCRM(カスタマー・リレーションズ・マネジメント)は企業の命題であり、対象は顧客に限るものの、その良き関係性の構築という視点はPRとも近しい。すなわちPublic Relations でいうところのパブリック(公共・社会)との間に良好なリレーションズ(関係)をつくっていく過程における「相手の意見に耳を傾け、相手の要望に対して前向きな対処をしていく」というそのインタラクティブ性がポイントだ。PR用語では「広聴」とも使われ、聞いたことがある方も多いだろう。双方が意見を交わし、お互いを尊重しながら良き関係を紡ぐ、そしてそれをさらにより良き方向へ昇華させていくという部分が重要だ。
CRMの手法としては、既存顧客をつなぎ止めるための会員制による特典、限定型サービスの提供、数々の優遇措置など、顧客側からその関係性を維持したくなるものもあれば、顧客データの把握・分析によってセールス効率を上げるといったデジタル系のアプローチも存在する。ただ後者は、生活者が頻繁に遭遇するオンラインショップのレコメンド広告のように、いき過ぎた対応にへきえきすることも多く、逆に顧客にその関係性を絶ちたいと思わせてしまうことも多い。こういった現象の増加により、個人データの扱いについてはEUの定めるGDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)のように厳しいルール設定が望まれるといった状況を引き起こしているのは周知のことだろう。それらの行いは顧客側の都合を考えず、企業がひたすら個人データを自社に都合良く乱用したことに端を発しており、前者のCRMのような個々の顧客の要望を聞きより良く対処するといった関係性がそもそも無視されていることが問題だと言える。
一方で企業にはお客様相談室などCS(Customer Satisfaction)部門などもあり、ここでは顧客の意見や質問、クレームなどを集めつつ、その対応を通じて顧客との関係性構築を図ってもいる。ここではまさに顧客の声に耳を傾ける傾聴がなされており、クレームも商品・サービス改善のための金言として取り扱われる。ケンカ腰でクレームを入れた生活者側から見れば、クレームに対して「ご助言ありがとうございます」と言われたりすれば拍子抜けではあるだろうが、その傾聴の態度を嫌悪する者はおらず、自然と「まあ、これからがんばれよ!」という応援の立場になってしまうから不思議なものだ。そんな共感を創るCRMはアナログな感じもするが、この時代には逆にその温かみがウケるのかもしれない。
マーケティングにおいてもコーポレートコミュニケーションズにおいても、このようなオーディエンスの存在を「尊重」することは重要だ。他者の存在を尊重するには、まずは己が謙虚であること。その謙虚さを面白おかしく演出し、長きにわたりその関係性を逸していたファンを取り戻したのがお菓子ブランド「スキットルズ」が仕掛けたキャンペーン「APOLOGIZE THE RAINBOW」だ。
APOLOGIZE THE RAINBOW


スキットルズはアメリカの大手菓子メーカー、マースの一部門であるリグレー(ウィリアム・リグレー・ジュニア・カンパニー)が製造する、ガムやグミのような食感のフルーツ味のソフトキャンディ。スローガンは”Taste the Rainbow”。レインボーには「多様性」という意味もあるが、いろいろな味が混在しておりそれを試してみてという意味である。表面は砂糖でコーティングされ、スキットルズ(Skittles)の頭文字「S」のマークがスタンプされている。個々のキャンディは色とりどりで、味もそのカラーと連動している。そしてそのうちの一つ、グリーンの個体はもともとはライム味だったのだが、2013年のリニューアルを機にその味がグリーンアップルに置き換えられていた。ちょっとした変更に思えるかもしれないが、コアなファン層にとっては大事件であり、その反応は著しく悪くリニューアルは大失敗の様相を呈した。メーカー都合の変更が、旧来のスキットルズファンでライム味が大好きだった多数のファンを怒らせてしまったのである。そしてその後の9年間、ライム味のファンたちは「ライム味を返せ!」と長期にわたり訴え続けていたのだ。ある意味、その商品愛はスゴいことだ。9年間沈黙してきたスキットルズ側の胆力もスゴいのだが。
そしてついに2022年、スキットルズはライム味を復活させることを決定、併せてこれまで怒りをため込んでいたライム味ファン130,880人に謝罪することとする。9年という歳月は重く、スキットルズはこれに際し、これまでライム味復活を訴えてきた顧客一人一人に対して個別に謝罪をしていくという馬鹿丁寧な手法をとることにする。Twitchのライブ、Twitter、さらにはニューヨークのタイムズスクエアのビルボードなどを通じた謝罪表明、併せてメディアを呼び謝罪会見までも開くこととした。ユニークなのはその会見方法で、Twitter等につぶやかれたファンの怒りの言葉を責任者がすべて読み上げ、いちいち謝罪するのだ。途中でモニターの調子が悪くなると、会場脇からOHP(Over Head Projector)と自立式スクリーンを取り出し、Tweet画面が印刷された紙を映し出して読み上げ、またそれに謝罪する。まあこれは笑いをとるためのパロディー会見というのがネタばらしなのだが、一人一人のクレームに対して向き合うという姿勢を象徴的に見せたという意味でこれはこれで良いのだろう。
通常、企業やセレブリティは不祥事を起こすと謝罪会見を開くが、それは世間やメディアから強いられたものであり、表面的で形式的な、誠意を感じられないものが多い。そもそもアメリカでは日本と違い、そう簡単に謝罪会見を開かない。謝れば非を認めたことになり、その後の論争で不利になるからだ。そういった文化背景のあるアメリカで、あえて謝罪会見をパロディーでやってのけ、さらに話題を集めていったアプローチは、9年間の沈黙を破っての同社のチャレンジングな姿勢と理解され、企業への共感を集めた。ちなみに謝罪の投稿を全て読み上げるのには10時間を要したとのこと。また戻ってきたファンに対しては、ただ単に謝るだけでなく、ライム味のスキットルズをプレゼントしたというからまさにマーケティングにうまくつなげているなと感じた。
スキットルズのキャンペーンはおふざけを交えた面白キャンペーンではあるが、謝罪をし、自らの過ちを認めるという謙虚さを全面に出し、ライムフレーバーを愛する人に再び寄り添う姿勢を見せ、共感を生み出した後に見事なまでの歴史的な売り上げを記録している。ライム味ファンの気持ちを受け止め、これまで無視してきた声を「尊重」する姿勢に転じたマーケティング戦略は大成功し、離脱していた顧客のみならず、その姿勢を評価した現在のファンとのエンゲージメントを高めるとともに、新たな顧客をも獲得したはずだ。ちなみに主力製品の「味変」はなかなか勇気がいるのは間違いない。昔ながらの、という部分を評価するファンもいるし、とはいえ年々、生活者の嗜好(しこう)は自覚なく変化している。企業によってはリニューアルによる味の変化をあえて明かさず、微妙に現代的味覚に調整してロングセラーを続ける製品もあるし、「イマイマの時代に合わせました!」と話題化を狙い、声高にリニューアルをうたったことで、先のスキットルズではないが既存ユーザーから総スカンを食らった例もある。あるいはユーザーの健康にメーカーとして自主的に配慮し、味は以前のものを保ちながら当該製品を「減塩」化したにもかかわらずそれをアピールはせず、「実はユーザーの健康状態が向上していました」といった隠密行動でユーザーをハッとさせるなんてやり方も。しかし、総じて企業側と顧客のそれぞれの関係性により、これらの対応は異なるはずで、その正しいやり方を見つけるためにも先のCRMを通じて顧客の置かれた環境や思いを吸い上げ、常に良き関係性を維持しておけば自ずと顧客の声は聞こえてくるはずだ。そんなロイヤルユーザーの扱い方、接し方の模範解答を教えてくれる事例と言っていいだろう。
一方、自社製品のリニューアルに対して意図的にファンからクレームの声を挙げさせ、その熱量の中に自身の製品愛を気付かせるというトリガーを仕込んだ秀逸な事例を紹介したい。それがルーマニアのチョコレートブランド「ROM」が仕掛けたキャンペーン「American Rom」だ。
American Rom


1964年に発売されて以来、チョコレートバーのROMは祖国ルーマニアの国旗をそのパッケージデザインとしてきた。しかし、伝統や歴史は逆にそのイメージを古くさいものとして強調してしまい、昨今ではシニア層が中心に好む製品ポジションとなってしまっていた。チョコレートは若者層に継続的に買ってもらいたいカテゴリー商品なのだが、ROMの愛国的なイメージはむしろ若者離れを引き起こしてしまってもいた。というのも、実はルーマニアの若者は、ルーマニアの国家的な価値よりも、「スニッカーズ」のようなクールなアメリカのブランドに引かれていたからである。そこでROMは若者の注目を集め、国家的な価値についての議論を巻き起こす大胆な手段をとることにする。
それはROMのパッケージモチーフを、ルーマニア国旗からアメリカ国旗に変更した新デザインに刷新すること。そしてそれをマスメディアで公表したのだ。これを経てソーシャルメディア上では「国家的な菓子であるROMがアメリカに乗っ取られた!」との投稿が爆増し、大きな議論が巻き起こる。祖国を捨てたとメーカーに対する多くの批判が各所で巻き起こり、それは炎上騒ぎともなる。その騒動を横目で見つつ、わずか7日後にはTVコマーシャルでパッケージがもとのルーマニアの国旗に戻されることが発表された。そう、最初からメーカーは国民のROM愛を信じており、このような出来事に皆が反応し、慣れ親しんだそのデザインへの再変更の声が拡散、ブーメラン効果でその自己認識を再確認させることを狙っていたわけだ。結果、このキャンペーンはルーマニアの人口の67%にリーチし、ROMという商品のみならず「愛国心」に関する議論を呼び起こした。ROMはルーマニアの愛国心の象徴としてもその存在を強くすることとなったのだ。そしてその後、何よりも大きな成果として挙げられるのはROMがルーマニアにおいてスニッカーズの売り上げを超えたという結果である。
人は時に自身の感情に気付かず、無為に時間を過ごしてしまうことも多い。時間がたち、思い返してみたときに、「なぜ、あの感情にもっと早く気付けなかったのか?」と悔やむこともあろう。顕在化した心理の奥底に、無意識に眠るそのような感情に火を付け、人を行動に駆り立てるマーケティングは極めて高度と言える。それがこれまでになく、新たに芽生えた感情であれば、その推測はおよそ難しいだろう。しかし、以前に一度でも持ち得た感情であればどうだろうか?「あのとき、あのことで」その人が感情をあらわにしたことがあるのなら、それはまた再現される可能性が高い。新しい接点ばかりを探し求め、むやみにさまよえば途方もない時間を要するだろう。だが人々の体験済みの感情はある意味想像はしやすい。それは同じ環境で同じ時間を過ごした人間ならば、少なからず同様の感情を抱いたことがあるだろうと推察できるからだ。現代のコミュニケーションはいかに相手の立場になり振る舞えるかが重要だと重ね重ね言っているが、相手の過ごしてきた日々をイメージしながら自身との共通項を見いだす挑戦をしてみるのもまた良き「出会い」を創り出す起点となりうるだろう。
ROMの事例はルーマニアの歴史ともいうべき存在と米国国旗という異色のコラボレーションによって、世の中にアテンションを生み出したのはコミュニケーション上の工夫として参考にしたいところだ。その意外な組み合わせは、人々の想定を超え、その違和感によってつぶやかざるを得ない状況を生み出していた。一方で意外な組み合わせでありながらも、妙にシンクロする部分があり、最終的には違和感よりもその融合の妙味が勝ったケースもある。それがジミー チュウとセーラームーンのコラボレーションだ。ラグジュアリーシューズのブランドとして名高いジミー チュウが、そのコラボレーション相手として選んだのは日本の少女たちを中心に一大人気を博したアニメ「美少女戦士セーラームーン」で、これは中学生の主人公が正義のヒロインに変身し悪と戦う物語である。シューズブランドとヒーローアニメの接点はどこにあるかは一見すると分からないが、実はジミー チュウブランドが狙うような海外セレブのまさに代表格とも言えるパリス・ヒルトンやビリー・アイリッシュなどがセーラームーンの熱狂的ファンを公言しており、まさにこの層に猛烈アピールするアイテムとなっているわけだ。彼女たちは事あるごとにセーラームーンのコスプレをしたり、プリントTシャツを着たりしながら、公の場に登場している。もちろん彼女たちのコスプレ欲を刺激し購買へ誘うということもあろうが、要は彼女たちがそれをまた評価し、共感の思いをシェアしてくれるとすればそれはとてつもない効果となるわけだ。
しかし、ここで述べたいのはマーケティング視点での話題づくりのうまさだけではない。このコラボした両者が互いのブランドを尊重し、それぞれの価値観を毀損(きそん)することなく、逆にしっかり双方の価値を高め合う意識があってこそ成功しているというところが重要だ。ファッションおよびファッション業界の見え方は、人によってはルッキズム的な側面を強く感じる場合もあろう。しかしジミー チュウは今回のコラボレーションを通じて、セーラームーンが持つトレンド感のみならず、そのストーリーに表現されている女性のエンパワーメント力、また各登場人物によって示される個性や自信の大切さ、そして彼女たちのインクルーシブな思想や立ち居振る舞いをブランドに融合させ発信することで、自己ブランドからのメッセージとして強く発信することに成功している。一方のセーラームーンもそういった思想をまといつつ、漫画やアニメといったメディアのみならず、ジミー チュウの顧客がけん引する世界感にファッションを通じて同様のメッセージを届けられることは望むところでもあっただろう。すなわち、双方の思想が共鳴し、それぞれが持つファン層に対し、固有メディアを通じてメッセージングできたことがこのコラボレーションの最も重要な成果なのだ。さらに言えば、双方のファンたちがこのコラボに魅力を感じ、商品もすぐに完売、その後もジミー チュウのブランドへの高いメンションが継続しているということで、ブランドマネジメントとマーケティング双方に成果を残している。まさに両ブランドの出会いという面でも、双方の「尊重」の姿勢が奏功した事例と言えよう。
次に紹介するのは米家電量販大手「ベスト・バイ」が2009年に実施した「TWELPFORCE」キャンペーンである。
TWELPFORCE


TWELPFORCEの「TWELP」とは、「Twitter+Help」の造語。これに、軍隊の意味も持つ「FORCE」をくっつけることで、「ツイッターお助け隊」のような意味となっている。新学期のシーズンは、パソコンなどの購入で頭を悩ます人も多いだろう。そういった人を助けるためにローンチされたサービスと言えば想像がつくだろうか。CEOを含む2000人以上のベスト・バイの従業員が、ツイッターで電化製品に対するあらゆる顧客の質問に答えることで、それまでコールセンターにかけていたコストを大幅に削減することができたというもの。「ツイッターお助け隊」が24時間、いつでもTwitterに寄せられた技術的な質問に回答してくれるのだ。困りゴトは常に予期せぬときに起こるもので、夜中や店舗休業日など助けを求められないタイミングで直面するアクシデントは多くの方のトラウマではなかろうか。しかし「ツイッターお助け隊」は24時間いつでもその問いに応えてくれる、自ずと顧客のエンゲージメントは高まっていくこととなった。さらにスゴいのは、ベスト・バイの顧客以外の質問にも回答するという方針で、その太っ腹の対応が共感を得たのか、ベスト・バイのラップトップの売り上げは一気に40%も伸びたという。まさに顧客の「今すぐ解決したい」という気持ちをそのまま受け止め、尊重し、解決することに全力を上げ、それによって成し遂げたマーケティング戦略の成功である。愚直でシンプルながら、間違いなき正答にたどり着いたのだろうと推察できる事例だ。しかし、言うはやすく行うは難し、という側面もあるだろう。例えば昨今の労働環境問題を考えると、従業員に24時間対応させるというのはいかがなものかという意見も出てきそうだ。しかし、このキャンペーンでは従業員も自分たちが顧客の役に立っているという自負の念を生み出し、従業員エンゲージメントにもつながったそうだ。相手を尊重し、顧客の満足度を高めた自身の活動を自己承認し誇りを持つということは、第1章で取り上げたDOVEの「Self-Esteem Project」にも通ずるところがある。「Self-Esteem」という考え方はまさに自身のありのままを尊重して生きるべしということであり、周囲が自分をどう見るかという客観的視点ももちろん気になるところだが、その前に自分自身を見つめ、主観的な絶対的評価で自らを鼓舞してもいいじゃないか、ということではなかろうか。そしてさらに自身の真の評価を知りたいとすれば、まずは当事例のように行動し、他者と触れ合うことが必ずそのきっかけとなるはずである。ようやくマスクを外し、人々の交流が盛んになってきたこの機会に再び人と出会い、交流する場に身を投じてみるといいだろう。
そういえばこのベスト・バイの事例は10年以上前のものだが、最近ドイツに本部を置くスーパーマーケットである「Aldi(アルディ)」がオーストラリアで同様のスタンスをほうふつとさせるCMを放映していたので併せて紹介しておこう。場面はアルディのレジ、男性店員の目に留まったのは来店者の買い物メモで、そのリストはほぼ購買済みとして消されていたものの、一つだけここアルディで買いそびれたであろう商品が残されており…。それを見たレジ店員はおもむろに語り出す。「さあ、その商品が必要なんでしょ?もういいから、それをどこかに買いに行って!」。なぜか店内に降りしきる雨の中、店員は女性客を悲しげに送り出そうとする。そう、当然店舗としては自店舗で全ての買い物を済ませてもらいたいのだが、品物がないのだから無理強いもできない。女性客もこのスーパーが好きなのだろう。戸惑いながらも「ここは私の一番のお気に入りよ」と名残惜しくアルディを去って行くのだ。最後のナレーションで「あなたが他のスーパーに行くことも分かっていますが、最初にアルディで買い物をすればきっと節約できるはずです」と語りかける。顧客が本当に欲しいものを代替商品で我慢させず、他店舗に送り出すのは顧客本位のスタンスであり、まさに押しつけることなく、顧客の要望を尊重する態度と言える。ただこれをできるのは、やはり自社に自信があってのこと。アルディはその運営にコストカットするためのさまざまな先進的取り組みをしており、だからこそ眼前の顧客をライバル店舗に送り出す余裕を持てるということなのだろう。その懐の深さを見せ、顧客との信頼関係を保てているからこそ、恐らくこのCMを見ている人々もうがった見方ではなく、むしろ納得感を持ってこれを受け入れ、また人に伝えるという良き循環を生み出せている。実際YouTube上にも、ユーザーがアルディ店舗内を巡り、いかに各商品が安いか、またさらにお得に買い物するTIPSなどを紹介する動画が多数上がっており、生活者同士で良きものをシェアしようとする動きが垣間見える。ちなみにCMのタイトルは「Shop at Aldi first and save」という、CMの中身まんまでスタンスが一貫しているなと感じさせる。
最後に相手がどのような立場の人間であってもその存在を尊重し、受け入れる姿勢を示したことにより、ブランドエンゲージメントを高めた企業の事例を紹介したい。「THE BREAKAWAY: THE FIRST ECYCLING TEAM FOR PRISONERS(以下THE BREAKAWAY)」(ブレークアウェイ:囚人のための初めてのeサイクリングチーム)は、囚人という特異な存在に対しての難しい向き合い方をテクノロジーを通じて実現し、また彼らの更生に大きく寄与した活動でもある。一般的には人種、性別、障がいの有無、年齢、宗教など、さまざまな多様性が尊重されるべきというのは異論なく、皆がそこに賛同し、協力するのが当たり前となっている。しかし、その多様性においてもまだまだカバーできておらず、またその解決方法に迷うものもあるだろう。その一つが囚人の人権だ。どのような相手でも尊重し、向き合うことが大事と言うならばそれがたとえ罪を犯した囚人であってもその立場を尊重し、彼らの現状に向き合っていかねばらならいはず。だが彼らは物理的に監獄に入っており、また外部との接触も強く制約されているため向き合う状況での対話は極めて困難だ。とはいえ、何か目的を持たせ、人との関係性を維持することで、その社会復帰を加速することができるのではないか。そう考えたのがフランスに本社があるスポーツブランド、「デカトロン(DECATHLON)」だった。
THE BREAKAWAY


「THE BREAKAWAY」と名付けられたこのキャンペーンは、「Zwift」というeサイクリングのためのプラットフォームを使って、ベルギーの刑務所にいる6人の囚人がバーチャルの世界で一般の人々とeスポーツを通じて触れ合い、その人間性を高め、社会復帰に意欲的になることを目指したものだ。そもそもデカトロンは「あらゆる人にスポーツと、それがもたらす恩恵を享受してもらう」を企業パーパスに掲げ、スポーツ普及に努めている。「たとえそれが一見不可能に見えても」それをやり遂げるという強い意志を持ち、このようなあらゆる人を巻き込む活動をしているのだ。実際にスポーツは健康面だけではなく、感情やメンタルヘルスなどにさまざまな恩恵をもたらしてくれる。囚人をその象徴にしたのは、2020年と2021年にコロナ禍で頻繁にロックダウンされたヨーロッパの街々で、一般の人々もまるで外に出られず、さながら囚人のようだったこともあろう。そうした閉塞感をスポーツで打ち破ってほしいというメッセージがここには込められている。実際2021年の春、ベルギーのデカトロンは「Freedom(自由・解放)」をそのマーケティングテーマに据え、活動を開始した。
実際の囚人たちは、ベルギーの中でも最も警備が厳しいアウデナールデの刑務所から選出された。彼らのためにデカトロンはサイクリングに必要なウエアや道具、訓練をしてくれるトレーナーまでも提供した。他のレース参加者が彼らが囚人であることを分からないようにしつつ、一般人に混じって参加したのだが、その内側ではポッドキャストで訓練や実際のレースの状況を逐一記録していった。一般人に混じってレースに出るための鍛錬を重ね、目標を持ち、一生懸命にチームワークを発揮するその活動が、囚人たちの人生をどのように変えていったのかを後に公開していくために。そしてスポーツの生み出す効果効能を伝えていくために。
実はもう一つチームが組織されており、そこには弁護士、警備員、裁判官、法務大臣といった面々が集う「司法チーム」としてレースに参加していた。両者は敵味方として法廷等では争う対象だが、それとは別のレイヤーで、スポーツという同等の場で競うことができるという機会は、囚人たちもそれなりに溜飲(りゅういん)が下がる思いもあっただろう。ちなみに「BREAKAWAY」には「脱走」という意味があるが、もちろんこのキャンペーンはその脱走を現実にしたわけではなく、バーチャルの世界ではあるが彼らの意識が刑務所の外へ出たということを表している。
囚人チームと司法チームが参加したバーチャルレースはデカトロンのフェイスブックチャンネルでライブ公開され、またその様子はベルギーの主要メディアでも取り上げられた。さらに国外のサイクリング専門メディアでも報道され、1500万のリーチを獲得。中でも閉塞された空間に閉じ込められ、メンタルも弱っていた囚人たちが、バーチャル空間でのスポーツを通じて他者とのつながりを体感し、それによって心身の健康を回復するというストーリーは広く拡散し、デカトロンの取り組みはブランドに対する大きな共感を獲得している。
面白いのは2021年3月のイベント開催告知を皮切りに、デカトロンが主導する以外の所でも同様の活動が活発化してきたという。同年5月にはイギリスの元武装強盗、ジョン・マカヴォイがZwift上で何百人もの囚人たちが参加するeサイクリングのソーシャルイベントを立ち上げている。マカヴォイは無期懲役の判決を受けて刑務所生活を送っていたが、早期釈放され、今ではNIKEと契約するトップトライアスリートとなっている。スポーツで立ち直った囚人の最たる存在と言えよう。現在は、学校や少年院で数々の講演を行い、自分で設立した基金を通じて、問題を抱えている若者や貧困に苦しんでいる若者を助ける活動に取り組んでいるのだ。もともと、ベルギーなどのヨーロッパ各国では、受刑者の社会復帰をITでサポートしようとする動きがあり、刑務所内で囚人がインターネットを使えるところもある。そういった基盤もあってか、デカトロンがZwiftで開催したレースの後、ベルギーの法務大臣は全てのベルギーの刑務所において今後数年間でeサイクリングの設備を装備することを発表するなど、この取り組みの波紋が国中に広がることとなっている。一つの活動がきっかけとなり、それに共感する周囲の人々がその拡張にトライし、ムーブメントを広げていく。随所に存在する同様の思いをうまくつなぎ、沸き立たせるような熱きストーリーがここでは大きな共感を得たのだろう。
ここまでスキットルズのように顧客の声を聞き愚直に対応する行動、あるいはある種のショック療法で自身の隠れた真意に気付かせるといったギミックを用いたROM、「与えよ、さらば与えられん」を地で行く共生の姿勢を見せたベスト・バイなどの事例を見てきたが、そこにあるのはシンプルに相手と向き合う姿勢ということではなかろうか。そしてそれは相手が多数であろうとも、実は個々の顔を想像しながらなされており、そこに真摯(しんし)な姿が垣間見られるからこそ共感を生み出しているのだと思う。そして感じるのは、相手を尊重するということは相手の言いなりになることではなく、相手の本質を理解し、それによって仲間になることではないかということ。人にはそれぞれの価値基準があり、同じ物事も見る人によって全く異なる様相をなすのは当たり前で、それを同一の形状として無理矢理に理解する、させる必要はないはずだ。これを強いたとすれば、いずれ時を経て双方の視線はズレ続け、またすれ違うことになるだろう。相手のありのままを受け入れ、異なる意見も認めつつ、その違いを矯正することなく受け入れることができたときに本来の包摂性(インクルーシブ)が達成されるのだ。そして言わずもがな、その始まりとなるのが人との関わりであり、それはこれからの関係性を深めるために、両者の違いを見いだすきっかけにもなろう。「他者を尊重する」ことさえできれば、決して出会いや双方の相違点を恐れる必要はなく、またその出会いを通じて自分自身も相手に対して開放していくことができるはずだ。

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